2016.02.27 (Sat)
黒い瞳 2
~淳子 3歳~
誰しも、3歳のころの記憶は、ほとんどないのではないだろうか。
当然かもしれない。
だが淳子には、
脳裏にくっきりと思い出される光景がいくつかあるのだった。
たぶん、あれは夏、もしくは初夏だったのではないか。
蒸し暑さの中、
なかなか寝付けずに、布団の上で何度も寝返りを打った。
寝付けずにいたのは、蒸し暑さのせいだけでなく、
隣の部屋から聞こえてくる罵り合いの声のせいだった。
二人の男女が激しく言い争っていた。
声色の高低の差によるものか、女性の声が何を言っているのかは、
はっきり聞こえたものの、男性の声はやけに低く、
ボソボソとしか聞こえず、何を言っているのかは定かではなかった。
女性は「今さら、なにを言ってんのよ」とか
「もうお終(しま)いね」などと言っていた。
やがて、鍋なのだろうか、床に落下する金属音が響いた。
バタバタと床を踏み鳴らす足音。
ふいに「なんだとぉ、この女(あま)」
と男性の発する声が明確に聞き取れた。
その後、パンと肉を打つ音がした。
一瞬の静寂の後、大声で女性が泣き喚き始めた。
「出て行ってよ!もう、あなたの顔など見たくもないわ!」
「出て行くのは、てめえの方だろうが!」
再びパンという肉を打つ音。
バタバタと足の踏み鳴らす音。
やがてドスンと音がした後、再び静寂が訪れる。
静寂を打ち破ったのは、女性の声だった。
「いいわよ!こんな家、今すぐ出て行ってやるわ!」
「ああ、出て行け!この売女(ばいた)!」
ズルズルと床を這いずる音が、淳子の部屋に近づいてくる。
バンっ!とふすまが開かれ、
口から血を流した夜叉の形相をした母が淳子の枕元へやってきた。
「淳子、お母ちゃんと一緒に行こうね」
夜叉がやさしい口調で淳子に話しかける。
淳子は怯えて泣く事すらできずにいた。
そして、女性はタオルケットで淳子を包み、しっかりと抱きかかえた。
「淳子は連れて行きます。離婚届は後日、仲人さんを通じて持ってきますから」
「ああ、みんな出て行きやがれ!よくもここまで俺をコケにしてくれたもんだ!」
淳子は女に抱かれ、その家を後にした。
誰しも、3歳のころの記憶は、ほとんどないのではないだろうか。
当然かもしれない。
だが淳子には、
脳裏にくっきりと思い出される光景がいくつかあるのだった。
たぶん、あれは夏、もしくは初夏だったのではないか。
蒸し暑さの中、
なかなか寝付けずに、布団の上で何度も寝返りを打った。
寝付けずにいたのは、蒸し暑さのせいだけでなく、
隣の部屋から聞こえてくる罵り合いの声のせいだった。
二人の男女が激しく言い争っていた。
声色の高低の差によるものか、女性の声が何を言っているのかは、
はっきり聞こえたものの、男性の声はやけに低く、
ボソボソとしか聞こえず、何を言っているのかは定かではなかった。
女性は「今さら、なにを言ってんのよ」とか
「もうお終(しま)いね」などと言っていた。
やがて、鍋なのだろうか、床に落下する金属音が響いた。
バタバタと床を踏み鳴らす足音。
ふいに「なんだとぉ、この女(あま)」
と男性の発する声が明確に聞き取れた。
その後、パンと肉を打つ音がした。
一瞬の静寂の後、大声で女性が泣き喚き始めた。
「出て行ってよ!もう、あなたの顔など見たくもないわ!」
「出て行くのは、てめえの方だろうが!」
再びパンという肉を打つ音。
バタバタと足の踏み鳴らす音。
やがてドスンと音がした後、再び静寂が訪れる。
静寂を打ち破ったのは、女性の声だった。
「いいわよ!こんな家、今すぐ出て行ってやるわ!」
「ああ、出て行け!この売女(ばいた)!」
ズルズルと床を這いずる音が、淳子の部屋に近づいてくる。
バンっ!とふすまが開かれ、
口から血を流した夜叉の形相をした母が淳子の枕元へやってきた。
「淳子、お母ちゃんと一緒に行こうね」
夜叉がやさしい口調で淳子に話しかける。
淳子は怯えて泣く事すらできずにいた。
そして、女性はタオルケットで淳子を包み、しっかりと抱きかかえた。
「淳子は連れて行きます。離婚届は後日、仲人さんを通じて持ってきますから」
「ああ、みんな出て行きやがれ!よくもここまで俺をコケにしてくれたもんだ!」
淳子は女に抱かれ、その家を後にした。
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