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2019.03.11 (Mon)

いろはにほへと 14

お民を失ってからの策ノ進の落胆はひどいものであった。
寺子屋を開講していても子供達に手本の文字をなぞらえさせるだけで
本人は一日中ぼーっとしていた。

子供達もそんな策ノ進を気づかい
お民と与作の事はあえて口に出すことはなかった。

そんな折、庄屋が一枚の御触書を携えて寺子屋へやって来た。
「落ち込む気持ちもわかるが、
いつまでもしょげていたってお民が帰ってくるわけでもないのだよ…」
たまには体を動かしたらどうだと御触書を策ノ進の前に滑らせた。
策ノ進はそれを手にすることもなく、
だだほんやりとその御触書を眺めていた。

「毎年恒例の事なんじゃが…この藩では武道大会が開かれる。
村ごとに予備選が行われてそこで頂点を極めたものだけが
城に招かれて城内の藩士達と試合が出来る…
まあ、うちの村からはまだ一人も城に招かれた者はおらんがの…
どうじゃ、決戦まで登り詰めて城に行ってみては…
上手くすれば城内のお吉の顔を拝めるかもしれんぞ」
庄屋が発した『お吉』という名に策ノ進はピクリと反応した。

『お吉か…逢いたいのぉ…』

翌日から策ノ進は自堕落な生活を改め、
早朝より木刀を振った。
いささか空白期間があったとはいえ、
その太刀さばきは短期間で全盛期の腕を取り戻した。

header.jpg 

当然の事ながら村の予選では赤子の腕を捻るよりも簡単に勝ち抜いた。
鍬や鎌しか持ったことのない百姓相手なのだから至極当然の結果だった。
村の代表として他所の村の一番手ともやり合ったが
策ノ進を一歩たりとも後ろに引かす事が出来る猛者などいなかった。
かくして策ノ進は城下の代表として晴れて城内に足を踏み入れたのだった。


浪人の身ゆえに城内では見窄らしい姿に皆から嘲笑されたが
そんなものは苦にならなかった。
笑う者を見据える事もなく、策ノ進の眼(まなこ)はお吉の姿を探し求めた。

お吉を見つけられぬまま試合開始の触れ太鼓が打ち鳴らされた。
策ノ進の元に『当番』と書かれた襷(たすき)を付けた下級武士が
「こちらへ」と控え室に案内してくれた。
控え室と言っても、馬小屋の隣の馬番の休憩室で馬の臭いが立ちこめていた。
「こちらが本日の取り組み表にござる」
あまりの臭さに当番役は顔をしかめながら櫓表(トーナメント表)を差し出した。
その表を見る限り五回勝ち抜けば頂点に立つことになる。
「それから…」
これは殿からの書状でござる。と、懐から手紙を差し出した。
内容は大会に勝ち抜いて頂点に立てば
只今空席となっている武芸道場の師範に推すと書いてあった。
ここへ来るまでに内容を先に盗み読みでもしたのか
「あんた、勝ち抜いたら目出度く武士に返り咲くことが出来るかもな」と言った。
だが、言葉とは裏腹に、その目は『お前なんぞは一回戦で負けるわい』と言っていた。

「それから…」と当番役は言葉を続け、
何かと準備が必要でござろう。
世話役の腰元を遣わすので何なりと申しつけよと言って足早に立ち去った。
『このような見窄らしい浪人の世話をさせられる腰元もさぞイヤがるであろうな…』

しばらく待っておると「お世話をさせていただきます」と女がやって来た。

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策ノ進は女に背を向けて座っていたが、
その声を聞いて慌てて振り向いた。
「お吉!やはりお吉であったか…」
「策ノ進さま?!」
城内のどこかで姿を拝見できれば運が良いと思っていたが
まさかの再会とあいなった。

「元気にしておったか?」
「はい…懐かしゅうございます」
城に召しかかえられて方言が消えたお吉は
目にまばゆいほどのいい女に変貌していた。
二人はそれ以上の言葉を交わさずに熱い抱擁をした。
そんな二人を引きはがすかのように二度目の触れ太鼓が鳴り響いた。
「お時間がございません…さあ、この道着にお着替え下さいませ」
お吉が策ノ進の帯を解き、よれよれの着物を脱がせてくれた。
薄汚れたふんどしを見るなり「私が嫁いでいたら洗ってあげれるのに…」と涙声で言う。
道着を着せてもらいながら
『毎朝、寝間着から着替えるのを手伝ってもらいたかったのう…』などと考えてしまう。

いよいよ試合が始まり、真っ先に敗退すると思われていた策ノ進が快進撃を続ける。
いつしか策ノ進を蔑んでいた侍たちの見る目が変わってゆく。
そしてついに策ノ進は決勝に駒をすすめた。
決勝の相手は長太刀の使い手であった。
策ノ進はもはやこれまでかと腹をくくった。
なにせ長い…
おそらく己の間合いではその長い切っ先ならば
自分の懐に届いてしまうだろう。
「いざ、参られよ」
攻めて来いと言われても己の間合いにする事が出来ず、
膠着状態が続いた。
互いに一歩も動いていないのにまるで何十里も走ったかのように汗が噴き出してくる。
「仕掛けよ!」
焦れた殿が試合を動かそうと叱咤する。
「参るぞ!」
攻めてこぬならこちらから仕掛けるとばかりに
相手は長太刀を駆使してどんどんと袈裟懸けに切りつけてくる。
その攻撃を受ける度に木刀を持つ手がジンジンと痺れた。
このまま受け続ければ木刀が折れるか、手がダメになってしまう。
幸いなことに相手は上段からの攻撃が得意なのだろう。
長い木刀で突かれればひとたまりもないと感じていたが、
突きの攻撃は一度もなかった。

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『勝機があるやもしれん…』
次の一手で決めてやる…策ノ進は木刀を腰に納めると目を瞑った。
居合抜きの奥義である。
全神経を耳に集中させる。
そうとも知らずに相手は「隙あり!」と叫んで打ち込んできた。
上段が得意ならばおそらくこの攻撃も上から振り下ろし
脳天を叩いて綺麗な一本を取りに来るであろう。
いや、そうあらねばならない。
それ以外の攻撃ならば自分の負けだ…
長木刀の風を切る音がする。
『来た!』
策ノ進は水が渦を巻くようにクルリと身を反転させた。
相手の長木刀が地面を叩く。
「おのれ!」
長い木刀を切り返えそうとするよりも早く
策ノ進の居合いが相手のわき腹を叩いていた。
「一本!!それまで!」
静まりかえった城内に審判の声が響き渡った。

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テーマ : 18禁・官能小説 - ジャンル : アダルト

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