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2016.03.17 (Thu)

黒い瞳 14

ある夜、店に訪れた若林はいつになく無口であった。

いつも以上にグラスを空け、途中、席を立ちトイレに駆け込みリバースした。
「健太・・・大丈夫?」トイレから席にもどった若林の耳元で淳子は尋ねた。
ああ、大丈夫。といいながらも若林の顔面は蒼白だった。

店が終わるまで、若林をカウンターの隅で休ませた。


「綾ちゃん、後片付けはいいから若ちゃんを送ってあげなさいな」

ママさんの好意に甘え、さあ、若ちゃん帰りましょ、と、若林に肩を貸し店を後にした。

酔い覚ましに、近くの公園のベンチに二人は腰掛けた。

若林はいくぶん酔いから醒めたようで、自販機で買った水をガブガブ飲んだ。

「いったい今夜はどうしちゃたの?」

思いつめた顔をしていた若林は「よしっ」と小さく気合を入れると、
淳子の前に回りこみ膝まづき淳子を見上げた。
そして、背広の内ポケットから小さな箱を取り出し、
箱のフタを開けながら淳子に「結婚してください」とプロポーズした。
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箱の中には小さなダイヤが付いた指輪が輝いていた。

「こんなおじさんだけど、
淳子を愛する気持ちは誰にも負けないつもりだ。
幸せにすると約束する。結婚してください」

淳子の頬を涙が伝った。
そして、その涙は過去に何度も流した悲しみの涙でなく、
初めて流す喜びの涙であった。


結婚式は仲間内で淳子が勤めているお店でおこなった。

盛大に・・・というわけにはいかなかった。
なにせ淳子には身内がいないからなのだ。
集まってくれたのは若林の身内と同僚、淳子の仕事仲間だった。

「若ちゃん、うちのナンバー1を引き抜いたんだから幸せにしてやってよ」 
ママさんが化粧が崩れるのも気にせず、おんおん泣いてくれた。

「綾ちゃん、たまには遊びにきてよね。ナンバー1の座は私が引き継ぐから」

「ちょっと、なにいってんのよ。私が引き継ぐの」

「若さからいったら私が引き継ぐべきよねえ」

ホステスたちは軽口をたたきながらも目は潤んでいた。


「若、年寄りのくせに、どえらい若いべっぴんをものにしたのお」

「早く2世を作らなきゃ還暦がきますよ」

「ムリムリ、こいつのはマグナムじゃなく12口径だからな」

「淳子さ~ん、若さんで物足りなかったら俺のところへ来なよ~」

いかつい顔の刑事たちも
アルコールが入ると茶目っ気たっぷりのおじさま族に変身した。


淳子は幸せだった。
花嫁衣裳の白のウエディングドレス姿を
母に見せてあげれなかったのが残念だが・・・


「淳子さん、いたらぬ息子ですけど、どうか添い遂げてやってくださいな」
若林の母がフロアに正座して深々とおじぎした。

「お義母さま、私こそふつつかな女ですが、よろしくお願いします」
あわてて淳子もフロアに正座して三つ指をついておじぎした。
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「なに固い挨拶をしてるんだ。
今日からは淳子さんは、わし等の娘じゃないか。
それよりも、わしは早く孫の顔がみたいわい。
なにせ片足、いや体半分、棺おけに突っ込んでるからのう」
二人の肩をポンポンと手で叩きながら立ち上がることを促しながら、
若林の父は照れながら軽口を言った。

「親父、なに縁起でもねえこと言ってんだよ」
若林も上機嫌だった。
仲間たちからお酒を勧められ、断りもせずに次々とグラスを空けていたので
すでに真っ赤な顔をしていた。

淳子は今まで孤独だと思っていたが、
こうして祝福の輪の中に入って
初めてこんなにも素晴らしい人たちが私を支えてくれていることに感謝した。

私はもう一人じゃない。
仲間がいる。
友がいる。
愛すべき健太がいる。


そして、お腹の中には・・・

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20:43  |  黒い瞳  |  Trackback(0)  |  Comment(2)
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