2ntブログ
02月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫04月

2016.03.25 (Fri)

黒い瞳 17

翌日、面会時間の始まりにあわせるかのようにドアをノックする音がした。

「はい?・・どうぞ」

「失礼します」と言って入室してきたのは、
制服姿の健太の上司である春日警部ともう1名、50歳ぐらいの年輩の男だった。

春日は年輩の男性を署長の大山だと紹介してくれた。

上司と署長が?一体なぜ?それも制服姿で・・・


「署長の大山と申します。
昨夜から自宅とあなたの携帯の方へ何度もご連絡をさせていただいていたのですが・・・
署の総務に聞けば、こちらでお子様をご出産されていたということで。
若林警部のご両親には昨夜すでに、」

「ちょっと待ってください。」
淳子は大山の言葉をさえぎるように言った。
「若林の階級は巡査部長のはず・・・さきほど警部とおっしゃいましたか?・・・」

淳子は動悸が早まるのを感じた。
巡査部長が警部?2階級上の階級ではないか。
それが意味するもの・・それは・・・

「若林は・・・」
春日が大山に代わって話し始めた。
「若林は昨日、人質立てこもりの被疑者の発砲した銃弾を被弾し・・・
至急、病院のほうへ搬送し手当をしたのですが、
手当の甲斐なく・・・殉職いたしました。」

発砲された?被弾した?殉職?
あなたたち、なにいってんのよ?

言葉が理解できない・・・
部屋の景色がグルグル回り始めた。
そうして淳子は気を失った。




点滴の針の痛みで淳子は意識がもどった。
義父母が心配そうに淳子の顔を覗き込んでくれていた。

「淳子さん、気がついた?
産後で疲れているのだから健太の事を話すのは
もう少し時間を置いてからとお願いしたんだけど・・・」
義母が淳子の手をしっかりと握ってくれた。
img01.jpg

「じゃあ・・やっぱり健太は・・・」
現実を受け止め、淳子は号泣した。
それは母の死に心の中で流した涙の
何倍もの悲しみの涙だった。

健太が警察官である限り、
こういうことはありうると覚悟はできているつもりだった。
でもまさか現実になろうとは・・・

「つらい話なんだが・・・」
義父が健太の葬儀のことについて話はじめた。

淳子の体調を考え、
警察葬は1週間後にしていただいてはどうだろうということ。
その間、遺体は冷凍安置しようと思うということ。

「ほんとうは、そんな冷たい箱の中に何日も寝かせるのは忍びないんじゃ・・・
密葬して早く荼毘にしてあげるのがいいのかもしれん・・・
だが、あいつに一目、娘を対面させてやりたいんじゃ。
医者が言うには、生まれてすぐに外出させるのは許可できんと言いよる・・・」
そう言って義父は歯を食いしばって泣いた。


一週間後、若林健太警部の葬儀が執り行われた。
葬儀に先立ち、淳子は由紀子を抱いて
遺体安置所の冷凍庫からだされた健太と対面した。

由紀子を大勢の人たちの中へ連れ出すのは
感染等の問題から控えるようにきつく言われていたからだ。

健太の遺体は警察の制服を着せられていた。
まるで静かにねむっているようだった。

「健太・・・娘の由紀子よ・・・」
女の子だと知ったらどんな顔をしただろう・・・・

父親が口を揃えて言うように、
この子はどこにも嫁にださん。そう言って壊れ物を抱くように、
ぎこちない手つきで抱いただろうか・・・

「あんなに楽しみにしてたのに・・・バカよ、あんたは・・・」
そう言って遺体にそっとキスをした。
以前のように甘い吐息はなく、かすかにホルマリン臭がした。

「ほら、由紀子・・あなたのパパよ」
父の死を知ったかのように由紀子が火がついたように泣き出した。

「あなた・・・由紀子が泣いているわ・・・
あやしてあげてちょうだい・・・あなた・・あなた・・・」


警察葬はしめやかに執り行われた。
署長の弔辞は、やたら長く、どうでもいい内容に思えた。

白い菊の花に飾られた祭壇の中心に、
若林警部の遺影が誇らしげに微笑んでいた。
健太の妻として気丈に振舞わなければ・・・
そう思ってみても、さきほど遺体と対面し、
ようやく若林の死を受け入れたばかりの淳子には、あまりにも過酷だった。
涙が止まらなかった。
白いハンカチが、あっという間にグッショリと湿った。

控え室で看護婦さんに抱かれている由紀子の鳴き声が会場に聞こえると、
婦警さんたちが一斉にむせび泣きはじめた。


焼香を済ませた順に警官たちは
見送りの整列のために会場を出て行った。

出棺の準備の前に、最後のお別れにと棺に花を手向けた瞬間に、
それまで気丈に振舞っていた義父母の目から大粒の涙が溢れ出した。

淳子は健太との出会いから今までのことが
走馬灯のように淳子の脳裏を過ぎ去り、
人目をはばからず遺体にすがりついて泣いた。



パア~~ン
霊柩車が出棺の合図であるクラクションを鳴らす。
「若林警部に敬礼!!」
署長の掛け声と共に、整列した警官たちが一斉に敬礼する。
その敬礼の列は、長くどこまでも続いているかのようだった。
94N93AA8EAE_006.jpg

08:30  |  黒い瞳  |  Trackback(0)  |  Comment(2)
 | HOME |